ティア表という文化 ― 序列化の歴史と系譜
2026-07-15 · Tear2Tiers
ティア表(tier list)は、対象を S・A・B・C といった段階(tier=層)に振り分けて一覧化する表現形式である。今日ではゲームキャラクターの強さ評価にとどまらず、食べ物、映画、音楽、動物まで、あらゆるものがティア表の題材になっている。一見すると単なるネットミームだが、その背後には「ものを並べて格付けする」という人類の古い文化的実践と、1990年代以降の対戦ゲーム文化という二つの水脈が流れている。さらに2010年代の日本では、ソーシャルゲームの隆盛がティア表に「消費の指標」というまったく新しい役割を与えた。本稿では、ティア表がどこから来て、なぜこれほど広まったのかを、可能な限り資料と研究の裏付けとともに辿る。
1. 前史 ― 序列化という文化的実践
対象を一枚の表に並べて格付けする営みは、インターネットよりはるかに古い。日本には江戸時代以来の「番付」文化がある。相撲番付の形式を借りて、温泉、名物料理、大店、果ては「けち比べ」まで、ありとあらゆる事物を東西に分けて格付けした「見立番付」は、庶民の娯楽として大量に出版された。大関・関脇・小結という階層に事物を配置し、その位置づけをめぐって議論を楽しむという構造は、ティア表の受容のされ方と驚くほど似ている。序列そのものが「正解」なのではなく、序列を提示することが会話の起点になる、という点においてである。
学術的にも、格付け・ランキングは独立した研究対象になっている。分類が社会をどう形づくるかを論じた Bowker & Star の『Sorting Things Out』(1999)は、あらゆる分類体系が中立ではなく、作成者の視点と利害を埋め込んだ人工物であることを示した。また Espeland & Sauder は、米国ロースクール・ランキングの研究("Rankings and Reactivity", 2007)で、ランキングが単に現実を記述するのではなく、ランキングされる側の行動を変えてしまう「反応性(reactivity)」を持つことを明らかにしている。ティア表もまた、後述するように、ゲームのメタ(環境)を記述すると同時にメタを動かす装置である。
2. 日本の系譜 ― ダイヤグラムとキャラランク
ティア表の直接の祖先は、対戦型格闘ゲームのコミュニティにある。ここで重要なのは、日本と英語圏でそれぞれ独自の形式が発達し、のちに合流したという点だ。
日本では、対戦格闘ゲームが大流行した1990年代頃から、『ゲーメスト』などのゲーム雑誌に「対戦ダイアグラム」が掲載されるようになった。ダイアグラムとは、キャラクター同士の有利・不利をリーグ表形式で数値化(多くは10ポイントを「6:4」「7:3」のように分け合う形)した表であり、これを集計してキャラクターの強さに序列をつけたものが「キャラランク」と呼ばれる。つまり日本の格ゲー文化では、(1)相性表としてのダイヤグラム、(2)その集計としてのキャラランク、という二段構えの評価体系が先に確立していた。この伝統は現在も生きており、カプコンは『ストリートファイター6』の公式サイトで、実対戦データから算出した対戦ダイヤグラムをリーグ帯別に公開している。かつてプレイヤーの主観と議論によって作られていた表が、いまや開発元の公式統計インフラになったわけである。
もうひとつ日本発の重要な要素が「S」ランクだ。ティア表の最上段が A ではなく S なのはなぜか。最も有力な説は、日本の成績評価の「秀・優・良・可」のうち最上位の「秀(Shū)」が S と略され、A の上の特別な等級としてゲームのリザルト画面などを通じて世界に広まった、というものである。ただしこの「秀」由来説は決定的な一次資料を欠いており、「Super」「Special」「Superior」の頭文字とする解釈も古くから並存する。実際、1980〜90年代のセガ作品などでの初出をめぐる特定は研究的にも決着しておらず、複数の意味が重なり合いながら「アルファベット順の外にある別格」という記号として日本のゲーム文化の中で独自に定着した、と見るのが正確だろう。いずれの説を取るにせよ、S が通常の尺度を「壊す」ことで生まれる心理的効果が、今日の「Sティア」「S級」という表現の直接の起源であることは間違いない。
3. 英語圏の系譜 ― tier list という語の成立
英語圏では、『ストリートファイターII』(1991)が対戦格闘ゲームの競技シーンを確立し、「どのキャラクターが最強か」という議論が生まれたが、今日の「tier list」という形式が固まるのはもう少し後である。Inverse 誌の調査によれば、2004年の Urban Dictionary には Smash Bros. Melee を例にした "tier" の定義がすでに存在し、2005年には鉄拳4のファンフォーラムで「Top / Mid / Bottom Tier」形式の初期のティア表が投稿されている。この形式が他の格闘ゲーム、さらには League of Legends のような MOBA へと転用されていった。
英語圏コミュニティで特筆すべきは、ティア表が早くから論争と自己パロディの対象だったことである。Smash コミュニティでは「tiers don't exist(ティアなど存在しない)」と主張するプレイヤーがタイプミスで残した「tires don exits」という文字列がミーム化した。Know Your Meme は、ティア表が「God Tier / Top Tier / Mid Tier / Shit Tier」といった俗な呼称とともに、批評・風刺・冗談の様式として使われてきた経緯を記録している。また Kotaku の Maddy Myers による批判記事("Tier Lists Are Garbage", 2017)のように、ティア表の認識論的な限界 ― 低ティアキャラには相手の対策不足という「奇襲の優位」があること、チーム戦では役割と編成という変数が増えて一次元の序列が意味を失うこと ― を指摘する言説も、コミュニティ内部から生まれている。
4. ソシャゲとガチャ ― 消費の指標へと変質するティア表
格闘ゲームのキャラランクは、あくまで「戦術・環境の可視化」だった。どのキャラが強いかを知っても、プレイヤーはコインを一枚入れてそのキャラを選ぶだけであり、序列の知識が直接お金に結びつくことはなかった。この前提を根本から変えたのが、2010年代の日本で爆発的に普及したスマートフォン向けソーシャルゲームと「ガチャ」である。
ガチャゲームにおいて、キャラクターは選ぶものではなく、確率的に引き当てるものであり、多くの場合そこに課金が伴う。この構造の下で、キャラランクは「どのキャラを練習すべきか」の指標から「どのキャラに(時間と)お金を投じるべきか」という投資対効果の指標へと変質した。その象徴が「リセマラランキング」である。ゲーム開始直後のガチャで狙いのキャラが出るまでインストールとアンインストールを繰り返す「リセットマラソン」という慣行のために、攻略サイトは開始時点で引くべきキャラの序列表を用意する。たとえば大手攻略サイトでは、当たりキャラを SS・S などのランク別に表で掲載し、「SS〜Sランクを3体以上引くのが理想」といった終了基準や、強キャラ実装・復刻に合わせたリセマラ推奨タイミングまで指南している。ここでは S ランクという記号が、性能評価であると同時に、プレイヤーの初期投資(時間)と課金判断を導く実務的なシグナルとして機能している。
この変質は、ティア表という形式の社会的な重みを大きく変えた。第一に、経済的な利害の発生である。攻略サイトのランキングは検索流入の中核コンテンツであり、巨大なトラフィックと広告収益を生む。ランキングの一段の違いがガチャの売上を左右しうる以上、序列の記述は運営・メディア・プレイヤーの三者が絡む利害の場になった。第二に、反応性(第1節参照)の増幅である。強キャラの序列が売上に直結する環境では、運営側には新キャラを既存キャラより強くする誘惑が構造的に生じ、いわゆる「パワークリープ(インフレ)」を通じてティア表自体が陳腐化と更新を繰り返す。ランキングが現実を変え、変わった現実が新しいランキングを要求するというループが、格闘ゲーム時代よりはるかに速く回るようになったのである。なお、ガチャ(ルートボックス)と消費行動の関係自体も近年の学術的関心事であり、たとえば Zendle & Cairns(2018)はルートボックスへの支出と問題ギャンブル傾向の相関を報告している。ティア表そのものを扱った研究ではないが、「確率的購入を前提としたゲーム経済」という、ティア表が指標として組み込まれた環境の研究として参照に値する。
5. ミーム化 ― ゲームの外へ
ティア表がゲームの文脈を離れて爆発的に普及した転機は、2019年である。同年4月、YouTuber の iDubbbz がファストフードチェーンをティア表形式でランク付けする動画を投稿すると、多数の YouTuber や Twitch 配信者が追随し、ソーダ、歴代大統領、さらには「他人のティア表」までがランク付けの対象になった。この普及を支えたのが、誰でも画像をドラッグ&ドロップしてティア表を作れる TierMaker などのWebツールであり、色分けされた横帯という視覚形式が、内容を問わず流用可能な「テンプレート」として定着した。実在の動物をMMORPGのキャラクタービルドに見立ててランク付けする教育系チャンネル TierZoo のような、ティア表文法を使った知識コンテンツも登場している。
なお、同じ2020年前後に流行した視覚形式に「氷山チャート(iceberg chart)」があるが、これはティア表の派生というより、性質の異なる隣接ミームとして区別すべきだろう。ティア表が対象の優劣や好みという価値判断の序列であるのに対し、氷山チャートは氷山のイラストの上に、よく知られた事柄を水面上に、マニアックな事柄を深部に配置する、知名度・情報の深さという知識の階層の表現である。「価値のティア表」と「知識の氷山チャート」は、いずれも一枚画像で階層を示すという文法を共有しつつ、何を序列化しているかが根本的に異なる。この対比はむしろ、ティア表という形式の本質 ― それが常に価値判断の表明であること ― を照らし出してくれる。
なぜティア表はここまで広まったのか。第一に、認知的な負荷が低い。厳密な全順序(1位から最下位まで一列に並べる)を要求せず、粗い等価類(同じ段の中は順不同)を許すため、作る側の負担が小さい。第二に、一枚の画像として完結し、SNSでの共有・比較に最適化されている。第三に、そして最も重要なことに、ティア表は本質的に反論を誘発する。どの配置にも異論の余地があり、その異論こそがエンゲージメントを生む。ティア表は「結論」の形式をとった「議論の招待状」なのである。
6. 学術的視点 ― ティア表をどう読むか
ゲーム研究においてティア表を位置づけるなら、Boluk & LeMieux が『Metagaming』(2017)で論じた「メタゲーム」― ゲームの内側・周囲・外側で展開される実践の総体 ― の一部として理解できる。ティア表は、ゲーム内のルールが直接規定していない「環境(メタ)」についての集合的な知識表現であり、攻略Wiki、フレームデータ表、対戦動画の解説などと並ぶ、プレイヤーコミュニティが生成する二次的テクストである。
社会学的には、ティア表は少なくとも四つの顔を持つ。第一に「観測装置」としての顔。トッププレイヤーの経験知や対戦統計を圧縮した、メタゲームのスナップショットである。第二に「介入装置」としての顔。Espeland & Sauder の言う反応性がここでも働く。有力プレイヤーが公開するキャラランクは、キャラクター使用率を変え、開発者のバランス調整に影響し、結果としてランキング自体が記述しようとした現実を変えてしまう。第三に、ガチャ時代に加わった「消費装置」としての顔。序列が課金判断の指標となることで、ティア表は注意経済と課金経済の結節点に置かれ、その記述には経済的利害が浸透する。第四に「語り口(ジャンル)」としての顔。ゲーム外のティア表の多くは、真面目な評価というより、フォークソノミー的な共同分類の遊び、あるいは自己呈示(「私はこういう趣味の人間だ」という表明)として機能している。批評の民主化と見ることも、評価の平板化と見ることもできる両義的な形式である。
最後に、日本語圏固有の論点をひとつ。日本では「キャラランク」「ダイヤグラム」「リセマラランキング」という自前の語彙と実践が先行していたため、「ティア表」「ティアリスト」という外来語は、むしろゲーム外の用法(推し格付け、雑学系コンテンツなど)とともに逆輸入的に普及した面がある。S ランクという日本発の記号が英語圏のティア表形式に取り込まれ、それが再び日本に戻ってくる ― ティア表の歴史は、ゲーム文化における日米の往復書簡のような様相を呈している。
7. おわりに ― 共同でティア表を作るということ
ティア表の面白さの核心は、完成した表ではなく、表をめぐる対話にある。江戸の見立番付が茶の間の話題であったように、格ゲーのキャラランクが対戦後の反省会の素材であったように、ティア表は常に「一人で決めるもの」ではなく「みんなで揉めるもの」だった。そして第4節で見たように、ティア表が一人の権威や一つのメディアの手に握られるとき、そこには利害と反応性のループが生まれる。だとすれば、その健全な対抗手段は、序列を作る過程そのものを開くことだろう。複数人で一つのティア表を作るとき、私たちは単にアイテムを並べているのではなく、評価基準そのものを交渉し、互いの価値観を可視化している。それは小さな合意形成の演習であり、ティア表という形式が30年かけて獲得した、最も豊かな使い方なのかもしれない。
参考文献・出典
- 対戦ダイアグラム ― Wikipedia日本語版(ダイヤグラム・キャラランクの定義と『ゲーメスト』掲載の経緯)
- Tier list ― Wikipedia英語版(定義、S〜Fの等級形式、氷山チャート)
- Danny Paez, "Tier list meaning: How fighting games kicked off a bizarre YouTube meme", Inverse, 2020(2005年鉄拳4フォーラムの初期ティア表、2019年のミーム化)
- "Tier Lists", Know Your Meme(パロディ文化、"tires don exits")
- "The history of the S rank in video games", EventHubs, 2018(Sランクと日本の成績評価「秀」説)
- Maddy Myers, "Tier Lists Are Garbage", Kotaku, 2017(ティア表批判)
- CAPCOM「Buckler's Boot Camp」対戦ダイアグラム(公式統計としてのダイヤグラム)
- アルテマ「【ディスガイアRPG】リセマラ当たりランキング」ほか各種攻略サイト(リセマラランキングの実例:ランク別掲載・終了基準・推奨タイミング)
- Stephanie Boluk & Patrick LeMieux, Metagaming: Playing, Competing, Spectating, Cheating, Trading, Making, and Breaking Videogames, University of Minnesota Press, 2017
- Geoffrey C. Bowker & Susan Leigh Star, Sorting Things Out: Classification and Its Consequences, MIT Press, 1999
- Wendy Nelson Espeland & Michael Sauder, "Rankings and Reactivity: How Public Measures Recreate Social Worlds", American Journal of Sociology 113(1), 2007
- David Zendle & Paul Cairns, "Video game loot boxes are linked to problem gambling", PLOS ONE 13(11), 2018(ルートボックス支出と問題ギャンブル傾向の相関)
※ 見立番付に関する記述は江戸期出版文化についての一般的知見に基づく。より厳密な典拠が必要な場合は、林英夫・青木美智男編『番付で読む江戸時代』(柏書房、2003)などの文献を参照されたい。
※ Sランクの起源については確たる一次資料が存在せず、本稿では「秀」説とSuper/Special説を併記する立場を取った。初出ゲームの特定は今後の資料発掘に俟ちたい。